JOURNAL ASIA

日本の高レベル放射性廃棄物のゆくえを追う

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「沖縄県において辺野古米軍新基地建設の断念を求める意見書提出についての陳情」@鎌倉

今月13日(月)に鎌倉市議会総務常任委員会で可決された
陳情第35号 「沖縄県において辺野古米軍新基地建設の断念を求める意見書提出についての陳情」に関する採決が本日の鎌倉市議会本会議で行われたとのことで、結果は「不採択」だったようだ。

あたしは傍聴に行けなかったけど、結果が
鎌倉市HP:審議される陳情(22年12月定例会)
で見れる。

インターネット中継がされたとのことだが、そのアップは現段階ではまだの模様。

こういった陳情を他の市町村で、できることを初めて知った。

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キャンプ座間:前方司令部発足から3年

今月19日で、キャンプ座間に第1軍団(=前方)司令部が来て、3年が経つ。
早いな。。
3年前の来るぞって時に市民の反対デモがあり、取材に行ったが、
ついこの前のようだ。
071218_キャンプ座間1

071218_キャンプ座間2
(↑2007年12月18日 筆者撮影)

騒々しかったのと、やったら歩いたのを覚えてる。

そして今年もやはりデモがあって、
ただ今年はヒューマンチェーンができたら、という話も出ているそう。

あたしも取材でちょっと行く事になりそうだ。

以下詳細:

○行動:第1軍団前方司令部移駐から3年 キャンプ座間に陸自・中央即応
集団司令部は来るな!12/18座間行動
○日時:12月18日(土)13:30~14:00(13:00~受付)集会、
デモ出発14:10(キャンプ座間を囲みます。メッセージを書いたリボン
やハンカチ、旗などお持ちください。)
○会場:座間公園(小田急線相武台前駅北口下車徒歩20分、JR相模線
相武台下駅下車徒歩15分)
○主催:バスストップから基地ストップの会、第1軍団の移駐を歓迎しない会、
基地撤去をめざす県央共闘会議、神奈川平和運動センター



参考:キャンプ座間の沿革
   http://www.city.zama.kanagawa.jp/www/contents/1190783310552/index.html

防衛省予算要望に関するパブコメ

ここでのお知らせが遅くなってしまったけど、

今現在政府が「元気な日本復活特別枠」の配分を決める「政策コンテスト」の一環として、
意見募集(=パブリックコメント;パブコメ)を受付中で、防衛省も予算要求してるみたいなんだけど、
その事業内容を見てみると「国民生活の安定・安全」の分野として
「在日米軍駐留経費負担」と「弾道ミサイル防衛(BMD)関連経費」が盛り込まれてる。

締め切りは、19日(火)17時まで、とのこと。

ユーザー登録が必要みたい。

参考:

「元気な日本復活特別枠」に関するパブリックコメント(意見募集)

防衛省の要望項目

              *     *      *

防衛省じゃないんだけど、
環境省内で行われる委員会の傍聴は時々行ったりするんだけど、
その際にパブコメに関して触れるって時を一度だけ見たことがあったけど、
サラっと流す感じだったな・・
あとは「一部の人がそう言ってるだけ」とか平気で云っちゃってたからね。。
他の省庁もそうとは限らないとは思うけど、
サラッとし過ぎはちょっと・・

「5.23岩国大集会」


井原さんが呼びかけている大集会をお知らせします。

日時 5月23日(日)14:00~15:30
場所 岩国市元町第3街区公園(旧生協前広場)

詳しくは
http://ihara-k.cocolog-nifty.com/blog/2010/05/post-5764.html
参照を、とのこと。

(岩国:空母艦載機部隊の岩国移駐とそれに伴う愛宕山の米軍住宅化は従来通り実施されようとしている。)

参考本:

           
 



「岩国に吹いた風」著・井原勝介氏

 
井原さんからメールが届いた。
既にご存知の方もあるかと思いますが、転載可とのことで改めてここでもお知らせしたい。

------------------------------------

私の本「岩国に吹いた風」(高文研)ができ上がりました。  突然降りかかった空母艦載機部隊の移駐という難題、アメとムチで一方的に進めようとする国、その片棒を担ぎ圧力をかける県と市議会、大きな力に対抗して、平穏な生活を守るために闘ってきた市民と私の記録です。  国や県との交渉の過程なども含めてすべてを明らかにしました。政治がいかに欺瞞に満ちているか、その実態を多くの皆さんに知って欲しい。そして、平穏な生活を守るためには、自ら立ち上がり行動しなければならないことに気付いて欲しい。そうした思いから、筆を執りました。  ご一読いただければ幸いです。詳細は、私のブログをご参照下さい。  http://ihara-k.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/post-ea5f.html           

                井原 勝介


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高江から*

連絡があったので、転載します。



先程、高江で業者が入り、先程作業を終え出てきたようです。



防衛省は3月から6月まではノグチゲラ等の繁殖期にあたるため、作業しないと約束しました。それを業者に守らせなければなりません。

たとえ計測、調査等であっても作業には違いありません。現在、住民を中心とした市民が幾つかあるゲートで監視を続けていますが、現場に人が足りません。



工事再開に向けてか、このところ連日のように人が足りず、手薄になったゲートから業者が入っています。




辺野古の海

(↑辺野古)




やんばる東村 高江の状況



おおかな通信2

 





辺野古から人がいってしまうと辺野古で減ってしまうし、

出来れば多くの人が行けるといいんだけど、行ける人がもし居たら、行くなり、

行けない人はこんな状況を周りに自分の方法で伝えてくれればと思う。

時々自分のとこのことで一杯なときもあるけど、

高江のこと、辺野古のこと、

あの人たちがいるんだってことは忘れてはいけない。

キャンプハンセンの山火事




今日キャンプハンセンで米軍が演習をして実弾などを使用したが故に引き起こされた山火事があり、キャンプシュアブでも火事があった。



シュワブで山火事 米軍が消火活動 2008年3月27日

ハンセンで火災 レンジ4付近、初めに爆発音 2008年3月27日

ともに琉球新報



上の動画は消火活動に居合わせた友人が撮ったもので、ひどい光景だったと云う。 「たった2機のヘリで何時間もかけて広範囲にわたる火事の消化作業効率は悪く、煙や灰は隣接する集落に流れていた。また居合わせた取材陣の方の話では灰は家に積もっているだろうと話していた」とのことだ。



それだけではない。



辺野古の浜にある有刺鉄線のリボンが焼かれ、ニュースにもなっている。



知らせの一部を引用、転載させて頂く。



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有刺鉄線にいっぱいに結び付けてあったリボンが焼き払われていました。いったい、誰がやったのか、監視カメラを設置している米軍関係者に聞いても、明確な答えは返ってこず、浜には、黒く灰になったリボンが散っていました。

昨日の夕方は、まだ新しくリボンを結んできたばかり。夜の間に、重火器のようなもので燃やされた可能性が高そうです。



琉球新報 無残「平和のリボン」焼かれる 名護・辺野古2008年3月27日

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辺野古だけに留まらない。





報道はされていないが、高江ではヘリが超低空飛行を訓練で、座り込みテントの鉄パイプが風圧で曲がってしまったそうだ。





高江に関して個人的に事実確認をした訳ではないことを念のため最後に添えて。

岩国市民はカネをとった。

岩国市長に移転容認派の福田氏が初当選

【時事通信社】



岩国市長選 米機移転賛成の福田氏 反対の現職を小差で破る

【東京新聞】2008年2月11日 朝刊

岩国市長に福田氏初当選 艦載機移転、同意に前進

【東京新聞】2008年2月11日 00時01分



岩国市長選:米軍再編に追い風 問われるアメとムチ

【毎日新聞】2008年2月11日 2時30分





接戦だとは聞いていたが、まさかの結果だ。

福田良彦氏を今回市長に迎えることを支持した岩国市民は住み良い暮らしより、カネをとったといえる。

本人たちがそれで良いというならそれでも良いかもしれないが、岩国は国の圧力に負けた。

少し前までは“ヨソ者には分からない”と云われることだから強く云えないと思っていた部分でもあった。でも岩国市民でもないため直接的に補助金カット等で金銭的にいじめられる苦しさを知らないかもしれないが、このことばかりは他人事ではないし、それに何より、現地の人はよく「反対反対云うが、じゃああんたが俺たちの生活の保障をしてくれるのか?」という事を仰ったり、そうした話になるが、それでも容認することも、“長いものにまかれて、貰うものは貰っておこう”という考えは、放棄してしまったことに違いはないと思う。沖縄、神奈川を見ればより一層明らかだ。

岩国は井原前市長を失ったことで、基地を持つ地域の期待の星から、立場が一転してしまったように映る。

岩国市民の責任は大き過ぎるが、本人たちが優先したのは交付金。
「地域復興」という幻想を未だに抱き続けている何とも哀れな結論を導いたと思う。

後には引けない列車に乗ってしまったことを、いづれ後悔しても時既に遅し。


井原勝介さんという国を、多くの役人相手に闘い抜いた人が存在したことを忘れない。
井原さんに心から敬意を表したい。


ただ、福田氏の当選はただ彼陣営のネガティブキャンペーンが功を成したというだけのことではなく、もっと市民心理として何かがあったはずだが、今回この結果に至った本当の理由に関する議論が書かれた記事を未だ見ていない。「2006年の住民投票、同年4月の前回市長選で示した「移転反対」の意思を180度転換した形」という話はあるが、もう一歩、“それは何故そうなったのか”ということをもう少し具体的に考えたいとも思う。



・・・・・・・・・・・・・・・・



【米兵犯罪にまつわる昨日の記事】

<女子中学生暴行>「家に送る」と車に乗せ…米兵逮捕 沖縄 [ 02月11日 21時04分 ]

毎日 ロゴ

【高江】「ヘリパッドいらない」国会誓願署名









様々な場面で目にした、このヘリパッド建設計画の中止を求めた「ヘリパッドいらない」住民の会の国会誓願署名が、ついに今月10日締切っていうことで日が迫っているとのことで、わたしのブログでも紹介させて頂きます。








・・・【以下転載】・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





あけましておめでとうございます。ご協力おねがいいたします。

http://okinawaforum.org/disagreeblog/takaeshomei.pdf



沖縄の「高江」って知ってる?

本島北部の緑豊かなヤンバル地域の、小さな集落です。

ここで、民家のすぐ近くに米軍のヘリパッドの建設が強硬に進められようとしています。

現地では市民が24時間体制で座り込み、建設の進行をなんとかくい止めています。



開発段階から事故を多発して米本国では使用禁止にもなっているオスプレイという航空機の配置も予定されているそうで、民家や学校などへの騒音や墜落の被害が懸念されています。

中には引っ越しを余儀なくされる人もあります。

(沖縄では、代々住んできた土地を離れるということは大変なことなのです)



また、環境に対する影響調査も一応行われてはいるのですが、建設が前提のずさんなもので、違法性が指摘されています。

この地域には天然記念物のノグチゲラやヤンバルクイナを始め、多くの種の貴重な生物たちが生息しています。世界遺産の候補に三度ももなっている、世界中でも貴重な場所です。

もしヘリパッドが建設されれば、この地域の環境への影響は計り知れません。



そしてみなさんご存じでしょうか?

イラクやアフガンなどを攻撃する米軍の戦闘機は、沖縄から飛んでいるのです。

「戦争はしない」と憲法でうたっているこの日本から、戦闘機が飛び立っているのです!

海外では、オキナワは戦闘機の飛び立つ恐怖の島として知られています。

欧米からの観光客が少ない理由が分かります。

沖縄をこれ以上に悪魔の島にしたくない!



このヘリパッド建設計画の中止を求めて、「ヘリパッドいらない」住民の会が国会誓願署名を集めています。

現在12000筆で、予定より3000筆程度足りません。

締切は1月10日になっています。

最後のスパートということで、みなさんにも署名のご協力を、どうかよろしくお願いします!

手軽なネット上の署名ではなく、手間暇のかかる直筆署名ならではの説得力があります。

これは現場で座り込む以外に遠くのみなさんも参加できる方法です。



署名用紙を以下からダウンロードし、プリントアウトしてご利用下さい。

用紙いっぱいの署名が集められなくても、あなた一人だけの署名でもかまいません。

http://okinawaforum.org/disagreeblog/takaeshomei.pdf



高江の住民の会のみなさんの切実なる訴えは以下のblogから。

http://takae.ti-da.net/



送付先は、署名用紙の最後の方に書いてあります。

「ヘリパッドいらない」住民の会

905-1201沖縄県東村高江上新川85-2

です。         転載、加筆OKです。





・・・・・・・・・・・・・・・・・【以上転載】・・・・・

FUTENMA

那覇に住む友人が紹介してくれた映像を、許可のもと紹介したいと思う。





「FUTENMA」

これは沖縄にある米軍基地にまつわる問題についてのもの。

【ルポ】辺野古:阻止行動の歴史と現在





沖縄中北部、名護市の東部に位置する、とにかく青い海が広がる「辺野古」
そばやもずくが本当に美味しい所だ。

大きな自然に囲まれ、元気一杯の海人が漁に出たり、
働き者の人が本当に多く、
溢れんばかりの活力にただただ圧倒されるだけだった。


そんな魅力一杯の辺野古に暗い影を落とす沢山の米軍基地。
政府の基地への執着は収まることを知らない。


基地に対する反対運動というのは小規模でも随分昔からあったことはあったという。
辺野古に関して云えば、もう10年前に遡る。


ただ、沖縄で反対運動が一気に盛り上がるきっかけとなったのは1995年に起きた米兵による少女暴行事件。

それまでも米兵によるレイプは多々あったけれど、表沙汰にならなかったのは証言することを女性たちが拒んでいたからだった。


敗戦後、日本がアメリカに沖縄内で日本軍基地だった所を米軍基地にすることを許してから、沖縄ではそういった事件は絶えなかったが、この少女に対する暴行事件は市民の怒りを爆発させたという。

それは恐らく少女であったがゆえに、親たちはそれまで他人事にしていても「自分の娘がそんな目に遭ったら…」と自分の子供と重ねて捉えずには居られない、そんな事件だったからだろうと辺野古の人は話す。



沖縄県の辺野古は、今や米軍新基地建設で知られる所で、最近では辺野古より40分~1時間北上した所にある東村の高江という場所がヘリパッド建設で知られるようになった。

沖縄と云えば米軍基地を連想させる所だし、基地推進の住民も居ることは確かだが、反対の住民の方が圧倒的に多いにも関わらず、国は更にうまく騙してとにかく基地を増やそうという。



「騙して」というのには以下のような簡単なカラクリがある。



暴行事件を受けて8万5千人以上の住民たちが駆けつけた「県民総決起大会」が1995年10月21日に行われた。日米両政府は住民の怒りを鎮めようと当時の首相、橋本元首相とアメリカ駐日大使が会談し、1996年4月12日午後8時、「(普天間基地)無条件返還」を発表した。しかしわずか其の3日後、「移転」と発表した。其の時点では未だ移転先は発表されていなかったが、同年12月2日、移転先が「辺野古」と発表された。

つまり、普天間から基地を無くす代わりに辺野古に「移す」というのだ。一般的にこれは「普天間代替基地」といわれるようになったが、辺野古沖海上基地建設(沖合案)の実態は、「(普天間にある基地を在るまま、其の通りに)移す」というものでもなく「代替」などというものではなく、移転と見せかけた拡張だった。



沖合案



政府の目論みはもともと返還などという考えは微塵もなく、今も昔も増やすことしか頭にない。辺野古の人がわたしにこの話をする時はよく「反対運動を利用した」という人が多かった。



1997年1月27日、辺野古の人たちによる「命を守る会」が結成された。



これが今の阻止行動の母体となると云って全く過言ではないと今現在も行動に参加する人たちは口を揃えていう程、物凄いものだった。というのも、この時のおじい、おばあが始めた座り込みは、海上基地建設が辺野古にされるという以外に情報を持っておらず、いつ、何が、どのようにされるのか全く検討もつかないものに対してただただじっと監視するものだったからだ。結果的に以後8年毎日続いた座り込みだったが、2003年7月から基地建設の事前調査を強行的に行う以前までの6年半という月日をおじい、おばあたちは見通しもつかないがゆえにただただ割き続けたことになる。だからこそ今行動をしている人たちにとってその存在がとてつもなく大きいのだろう。



2003年4月8日、いよいよ日本政府は基地建設のための事前調査に強行的に乗り出した。その日は朝6名の住民が集まったが、調査を止めることが出来なかった。それでも今後行われるであろう工事を止めるべく、辺野古の浜で何をどうすべきか話し合うようになった。話し合いの他に、カヌーの練習なども始めた。当時皆かなづちだったということを聞いて驚いた。今の皆のたくましい姿からはむしろ想像もつかないが、彼らからすれば今こんな風に海で泳いでることや、顔を浸けていることが信じられないそうだというのだから、彼らの強い想いを感じずにはいられない。



2004年4月19日、那覇防衛施設局は作業に取りかかるべく辺野古漁港に来たが、集まった人たちによって押し返された。これが今のいわゆる完全非暴力による座り込み阻止行動の幕開けとなった。

その後何の前触れも無く施設局は辺野古へ来たが毎回長時間の話し合いをして、こういった状況が32回も続いたが結局施設局が住民を納得させることは無論出来ず、座り込みによって全て追い返した。



そんな最中起こった普天間基地の米軍ヘリ沖縄国際大学に墜落事故発生。同年8月13日。



この事件も政府はうまく利用した。

こんな危険な普天間基地は早く辺野古に移設する、と煽った。更なる不条理で辺野古新基地建設を急がせる要因かのようにして進めた。



事件から半月後の9月9日、施設局は基地建設強行を発表し、それに対し日本全国から大勢の人たちが阻止するために集まった。しかしながら、施設局は彼らの前を通るのではなく、隣接に在る米軍基地キャンプシュワブから出航、作業を強行的に始めた。カヌー隊が出るようになったのもこれからのことだ。



必死の阻止行動も施設局の暴力的な建設作業によって、海に鉄パイプが徐々に組まれる作業が強行的にされ、同年11月、4つの単管やぐらを建てられてしまったが、人々は諦めなかった。それからというもの人々は作業船より先にそのやぐらに毎日、2005年からは4月からは毎晩座り込み、海上阻止行動が起こり、作業を中止させた。1週間のつもりで設置されたやぐらは556日(9ヶ月)の月日を経て、撤去され、住民、又各地からの人々によるやぐら座り込みが勝利した。2005年9月2日のことだった。



勝利の喜びも束の間―



2005年10月29日、日米両政府は米軍再編で、大浦湾からキャンプシュワブ南の沿岸部に及ぶ「沿岸案」を発表した。



沿岸案#2



これは沖合案以上の威力を持つ基地ではない、沖縄を軍事要塞にするものである。滑走路だけでなく、軍港まで出来る。注目すべきは、今や明るみになったものの、この案は今になって出た案ではないということ。1966年から既にアメリカは辺野古を狙っていたことが文書により明らかになった。詳しくはNo More US Bases in Okinawaを参考に見てみるといい。







今現在、国は業者を使い、法をくぐっていない事前調査を強行的に行っている。違法であることは、住民のみならず、作業員も国も知った上で行っているのだから、それがまかり通っている現状自体おかしい。しかしながら何だか分からないこじ付けをしては、開始されていて、その準備段階から住民は阻止しようとして日々、本当に日々、阻止行動しているという状況。今も辺野古では、海上で作業船で行われる業者の作業を、辺野古の人たちはカヌーを出して阻止している。いつ出るか分からない作業船を、分からないからこそ毎日目の前で見張り続け、作業船に動きがあれば絶えずいつでもカヌーを出せるように皆待機している。




この合意なき新基地建設を許してしまったら、後に戻るのは難しくなるだろう。


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