JOURNAL ASIA

日本の高レベル放射性廃棄物のゆくえを追う

ありがとうございました

先日はお足元のわるい中、ご来場頂き、誠に有難うございました。

完全に満席というわけではありませんでしたが、
ほぼほぼ定員の30名に近い方々にいらっしゃって頂き、嬉しかった。

また、作品、ディスカッションともに評価も良く、皆さんをガッカリさせて帰らせることはなかったので、その点において、一先ず安堵している次第です。

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この高レベル放射性廃棄物最終処分については、様々な関係者が、相互理解という点で頭を悩ませ、例えば双方向シンポジウムのようなものを開催するも、実際に参加してみた限り、推進派も反対派もそれぞれの「地層処分ありき」「地層処分反対ありき」で、とにかく主張するばかりで、相手の主張を聞こうともしない。しまいには揚げ足はとるは、感情的になって泣き出す人はいるは…そんな光景を目にして、心から不毛に感じたことが過去にありました。

また何より、良くないことは、シンポジウムという立派で大きい規模のものなだけに、参加する側が、本当にお気楽で居られること。

暗闇の中、沢山の人がいたら、埋もれることが容易にできてしまうから、人は“誰かしら何か言うだろう”とか、参加者でありながら、参加していない状況が簡単に叶ってしまう。

そんな状況下で、人は隣の仲間に小声で、あるいは帰ってネットで、随分と批判する。“言いたい事があるなら、その場で言えよ。何しに来てんの?”と思うし、じゃあどういったものなら納得するのか、自分ならどんな企画を出すか、という自らの提案や発信というのは全くしない。果たしてそれが本当に批判と言えるのか。それがずっと疑問だったし、偉そうに文句を垂れるばかりで、つくづくチキンばっかだなと思っていました。批判は、それだけの覚悟がないと、言う資格もないとすら思う。どんだけ偉いのか知りませんが、自分で作り出す勇気も、行動力もないくせに、小言を並べるのはやめて頂きたい。いい大人が揃いも揃って、みっともない。

本当に必要なのは、批判以上に、何がいけなかったのか、反省点を整理し、そこから学び、新たに改善したものを発信していく。とにかく企画を打って、反応を直に見て、フィードバック、更に、新たな形で発信し続けなければ、前進できないと思う。

そこで、私なりに辿り着いたのが、この企画。

恐らくこれは国内で初めての試みと言ってもいいと思うのですが、
このイベントのコンセプトとして、
今までのような二項対立ではなく、様々な立場の関係者らが同席し、そこに市民が加わり、議論し、できれば、どうしたらよいと思うか、というところまで考えられるような、30名程度の小規模かつオープンな場の実現を目指すこと、どのようにしたらコンセンサスを築けるか、その一過程を担うということを掲げています。

終了後、ご来場者の方々と簡単に会話を交わした感じや、アンケートを拝見した感じでは、
今回ご好評頂けたのは、そんなコンセプトを来場者お一人お一人がしっかりと汲んだ上で参加してくれたこと、また、ゲストの方々が割と率直にお話下さったことが理由だと思います。

大層なことをタラタラと綴りましたが、私一人では成し得なかったことを肝に銘じ、
ディスカッションを作り上げてくれたご来場者の方々と、ゲストの方々に心から感謝致します。

今回のご好評に安堵することなく、また、開催したこと自体に満足することなく、
今後もフィードバックと工夫を続け、オープンなディスカッションの場を提案、発信し、精進して参りますので、
引き続き、宜しくお願い致します。

あとは皆さんがどう動くかですね。

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右から:

鈴木 達治郎 内閣府原子力委員会 委員長代理
杤山 修   公益財団法人原子力安全研究協会 処分システム安全研究所所長
伊藤 正雄  経済産業省エネルギー庁 放射性廃棄物等対策室室長
伴  英幸  原子力資料情報室 共同代表
稲垣 美穂子 企画・制作者


最後に、
先日はこういった方はいませんでしたが、
“政府が勝手に推し進めてきた核燃料サイクルなのに、なぜ今更私たちが考えなきゃいけないの?”という人っていると思うし、自分も随分昔はそうでした。

しかし、今もそんな事を言う人がいるなら言いたい。

じゃあ埋まってもいいのか。

埋めることに反対しよう!ということでは毛頭なく、ただ、
私たちが考え、行動する事をやめてしまったら、簡単に埋められてしまうし、
埋まっていないからこそ、政府も、どういう形なら市民は納得するか、
深さ、バリア、放射性物質の動き方など、様々なことをシュミレートするし、
埋設後の管理方法を考えておこうとするんだと思うんです。

もし、私たちが何も言わず、何もしなかったら、
簡単に埋められて、政府はそういった
埋めるからには考えておかなければならない事柄を考えることをやめてしまうでしょう。

そして今、せめて埋まっていないのは、
3.11があったからじゃない。

80年代から地層処分研究に翻弄され、闘い続けてきた地方の人たちや、
最終処分場施設誘致で、ごった返した小さな地方の村や町が、
向き合ってきてくれた結果なんだということを、
私たちは忘れてはいけない。

核燃料サイクルに関する施策が定まらない今だからこそ、
議論を怠らないことが、
そのことに見てみぬふりを続けた私たちがせめて、
次世代に対し、できることではないだろうか。

“なんで私が考えなきゃいけないの?”なんて言っている場合じゃない。


TIME to SOLVE 高レベル放射性廃棄物最終処分ー日本におけるコンセンサスの過程

次回は10月23日(水)19:00開場/19:15上映開始(93分)/ディスカッション20:55〜

詳細&お申込はこちらから▷▷▷ http://www.uplink.co.jp/event/2013/15402



【今後の取材対応について(検討)】


ご来場頂いた方はご存知の通り、先日イベントに取材が入ったんですが、今後は制限しようかと思っています。

記者や取材者が、勉強しに来るのは勝手だけど、「取材」と言ってくるからには、持っている発信する媒体力を以て、どう発信するか、なんとか取り上げようとすべきなのに、はなから発信しようというつもりもなく、よく平気でそんな事を言って「取材」として、来れるなと思う。

でもって、何の質問もしない。

何をしに来たのかさっぱり分からない。

取材者の端くれなら、どうにかして媒体に出そうとすべき。

その人がそれだけの力があるから、周りはそれを期待して、受け入れるんであって。それがなければ単なる人。
それを自覚すべき。

周りはペコペコするし、来てくれて喜ぶし、イベントの企画者も取り上げてもらえるんだろうと思って拒否することはそうそうないし、報道機関の人間は、その力を自分の力だと勘違いして、平気で「取材」だと言って来る。

私も浅はかだったし、バカだったなと、反省している。
反面教師的に凄いいい勉強になった。

“どうせそっちも取り上げてほしいだろうし”っていう腹が見えてし、
っていうか、名刺交換とネタ盗みに来てるようにしか見えませんから。

本当に節操がない。

今後は、どうにか取り上げようとする積極的な記者の方のみ、取材を許可し、
そうでなく、肩書きは報道関係者でも、発信するつもりのない、「お勉強」として名刺交換とネタ盗みをしに来られる方は、通常のご予約のお手続きをおとり下さい。一般で入って頂く分には構いません。

よろしく。

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