JOURNAL ASIA

日本の高レベル放射性廃棄物のゆくえを追う

海自へ抗議

2月24日午前中、6市民団体が横須賀海上自衛隊総監部に対し、衝突事故に対する抗議文を提出した。



主として、行方不明二名の捜索に全力をあげること、全てを明らかにし、事故の責任を明確にすることを強く求めている。



初めに対応したのは、請願対応/総務課の2等海尉の女性。

海上自衛隊が救助活動を行っていないのでは?等々、船団をはじめとする海事情に詳しい市民たちが抱いている疑問をすると、その総務課の女性は「答える義務にない。」というばかり。「ではどうすれば答えて頂けるのか?その方法を教えてほしい。もしくはその担当の人を出してほしい。」この遣り取りをしばらく続けるうちに奥から総務課長/大佐が出てきた。

救助活動に関しては「行っている」と話す。

しかしながら報道を観ていも、そういったところが全く見られないと市民。

大佐は「色んな(報道の)仕方があるので、皆さんに正しくお伝え出来なかったことは、我々にも落ち度はあったと思いますが、そういった活動はやっています。」と続けた。



大佐の対応ということもあってか、市民側も一層身を乗り出すように、相次ぐ質問、意見、想いを投げかけ、遣り取りは続いた。



後々話を聞く限り、市民曰く「大佐が出て来るのは珍しい。」「初めて見た」という人も居る程、大佐の登場には市民も驚いていた。「やはり自分たちの起こした事故でもあるからいい加減な対応を控えたかったのだろう」と、大佐の応対に対して話す市民もいた。



撮影に関しては、下の階級の人が無闇に「撮影はやめて下さい。こちらで撮ったものは処分して下さい」というので、理由を聞くと同時に、中を撮る為に撮影しているのではなく、あくまでこの遣り取りを撮る事が目的であることを説明。

あたし以上に市民の方々の方がその隊員に対して怒りを隠せず、「これは、税金で出来た国有財産で、国有財産を撮ってはいけないという日本の法律はありません。」「そんな訳ないに決まってるだろ?」と口々にする。後々、その件に関して市民の一人は「撮るな撮らない、些細な事に文句を云われた事に心外です。」と訴えた。

そういった撮影が云々ということではなく、大切なことが別にあることに他ならない。



市民の人たちが抗議行動でここに出向いているのに、あたしの撮影で余計な迷惑をかける訳にはいかない。「市民の人たちに云うのではなく、あたしに直接云って下さい。」と云ったところで、皆さんが居る事に変わりはなく、いずれにせよ迷惑をかけることを避けて通れない状況ではあった。

今後同じ状況は十二分に予測されるため、対策を講じる必要を感じた。

「撮影許可」というものがあるようだが、その2等海尉の女性と話した際「たいてい許可は難しい。」と云う。しかし、今後はなるべく許可を事前に貰う作業が出来たらしておくのも、余計な迷惑をかけない一つの方法だろうと思う。



忘れてはならないのは、彼らはただ(海上)自衛隊を非難しているのではなく、衝突事故に対し抗議すると同時に、責任を見張り役の自衛官個人に追わせて、組織的な責任を取らないのではないか、結局末端の人が泥かぶる様な形になることを、懸念している。大佐にもそのことを念を押し確認していた。





月例デモでは汐入から横須賀中央まで歩く。







コースには海上自衛隊総監部も入っており、いつもその前で決まった人が訴えをする。この日は一部の人たちは午前中にも行ったので、2回目となる。



余談だが、市民団体の中の一人の方と

抗議行動に同行したい旨を伝える際、「気になるだけ」という表現から始まり、

「撮る」ことの意味や、心持ち等を話し合った。

「気に入る」というのは「不謹慎」だと思うからあえて使わなかったのだが、結局反対運動にせよ何にせよ「楽しい事が大切」ということで、「抗議行動を気に入る」というのは「不謹慎」ではないという結論に落ち着いた。



結局朝の3時位までメールの遣り取りは続いた笑



自分がどういうつもりでそこに居るのかは、出来るだけ多くの人に知っておいてもらいたいと、今迄より思うようになった気がする。

やはり市民の人との意思疎通は欠かせないと再認識。



以前も記事を読んでメールを寄せてくれた読者の方と話をしたのだが、やはり自分がやっていることが正しいのか、間違った方へは行っていないか、確認するためには市民の人たちのところへ戻るに限る、と思う。



定例デモの後、打ち上げに参加。



云った本人は覚えていないと思うけれど、「ようやく参加してくれたね」と云われ、今迄の心配が一気に吹き飛び泣きそうになる。云われて見れば定例デモ後の打ち上げは初めての参加だった。



普段話しづらい方々と、それぞれが知り合った経緯や活動のこと、全然関係ないことを話す。

話す内容や、表情でその人の意外な人柄がそれぞれに浮き彫りになり、より一層親しみを感じる。



でもそれぞれに長い歴史があることを思うと、今接していられることの有難さを再認識せずにはいられない。







∞ふろく∞







2月24日 朝日新聞に山崎さんの係争中の裁判の事が載っていた。

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