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「島村原子力政策研究会」議事録の件

昨日の北海道新聞としんぶん赤旗に、非常に興味深い内容が掲載された。

これまで文科省が不開示にしていた旧科学技術庁の島村武久原子力局長(当時)が開いていた「島村原子力政策研究会」の議事録の黒塗り箇所が開示され、国の本音が明らかになったというもの。

北海道新聞:
【高レベル放射性廃棄物】90年代 専門家「幌延で処分」 議事録で判明

しんぶん赤旗:幌延核処分場部分”黒塗り“ 住民拒否でも誘致 意図裏書き
       文科省 「原子力村」研究会資料を開示
 link: http://www.jcp.or.jp/akahata/aik11/2011-12-26/2011122603_01_1.html

昨日の発表に至ったのは、10月、11月に赤旗日曜版に島村研究会の事が掲載されたことがきっかけになっていると言われている。

幌延の研究所に関する歴史は非常に長いが、経緯を簡単に言ってしまえば、

1984年 動力炉核燃料開発事業団(動燃)が高レベル放射性廃棄物貯蔵・処分研究施設計6つの施設により
    構成する「貯蔵工学センター」の建設を発表。いわゆる「貯蔵工学センター計画」

    (道民の圧倒的反対、知事の反対、道議の反対決議等があり話は凍結していた。)

1998年 科学技術庁(当時)が北海道知事に対し、
    同計画の取り止め、「深地層試験施設」を提案。

2000年 北海道、幌延町、核燃機構『幌延町における深地層の研究に関する協定』締結=「三者協定」
    (研究期間中施設において、高レベル放射性物質を持ち込まない、使用しないという約束事)

2001年 核抜きであれば、という地元合意のもと、現在の「幌延深地層研究センター」開所

今回の記事がなぜ興味深いかといえば、
政府はこれまで、幌延深地層研究所はあくまでも研究所であり、放射性物質を持ち込まない、最終処分場ではないと言って、この研究所設立に至ったという経緯があったがしかし、記事で明かされた開示資料によれば、「(建設する施設は)廃棄が目的なのに研究施設だというのは、地元をだますようだ」「最初に動燃が地元(幌延町)に提案したのは、高レベル廃棄物の貯蔵施設と地下研究施設であって、その下心としては地下研究施設がうまくいけば、次には実際の処分場の提案を考えていた」という話がされていたというからだ。同時に、幌延の地下水の豊富さから、適地ではないと言っていること等も、見逃せない。

個人的な見解、印象としては、
もともとが「貯蔵工学センター計画」だったこともあり、放射性物質を持ち込まないという保証もなく、最終処分地になるのではないかという懸念も強かったが、国の腹づもりは明らかではなかったため、政府からすればあくまでそれは彼らの根拠の無い「不安」「懸念」でしかなかったが、今回の開示資料内容を通じ、彼らの「懸念」が「懸念」ではなかったことが裏付けられたと言える。

同研究会は85年~94年で、時期的な事を考えれば、もしかすると、放射性物質の持ち込み、使用をしないと約束を結んだ「三者協定」は2000年だから、受け継がれていない、と思うかもしれない。また、先日放射性廃棄物対策室長に対し、「幌延深地層研究センターが最終処分場にする可能性は?」と、質問を投げかけたところ、「全くない。それをやってしまったら本当に信頼が損なわれてしまう。」と答えた。また、「そうした話があって、心配するならまだしも、そういった議論がないにも関わらず、懸念されてしまうのは残念。」と話した。

ここで、過去の議事録であったとしても、今回の開示により判明した事柄がより一層意味をなす。
「深地層研究」においてそうした「下心」が事実があったために、未だ周辺自治体の「懸念」がある。

更に、幌延町長が今年6月に「今後の検討課題」と発言したことから、可能性が全く消えているどころか、現在進行形であることがよく分かる。研究センターのある幌延町はもともと原発誘致から始まった原子力関連施設誘致に意欲的な町で、その周辺の自治体が反対をしているという状況がずっと続いている。

町民は、核の持ち込みに対する抵抗は見せるものの、原子力関連施設誘致に関しては今もなお積極的だ。先月幌延に取材に行った際、地元(幌延町+周辺自治体)の人々に話を聞いた限りでは、幌延在住の男性は、「最終処分という未知の世界は、分からない事が多すぎる。だから、段階を踏んで、中間貯蔵施設の“研究”なら‥」と、今度は中間貯蔵研究施設としての誘致に意欲を示す。一部の町民からは、「最終処分場でもいいと思っている」という声も聞こえてくる。福島を受けてもなお、幌延町長がそうした発言ができるのは、それはそうした町民の姿勢が背景にあるからのようだ。最終処分場が「地元の要望」ともなればまた話が変わる。そうした状況もあり、周辺自治体において「懸念」が消えない理由と一つだと言える。

念のため、赤旗の記事を転載させて頂きたい。
記載元: http://www.jcp.or.jp/akahata/aik11/2011-12-26/2011122603_01_1.html

文部科学省はこのほど、本紙の情報公開請求に対して、原子力政策の中枢にいた政官財関係者による「島村原子力政策研究会」の議事録を初めて開示しました。旧科学技術庁の原子力局長などを歴任した故・島村武久氏が1985年から94年にかけて開いた勉強会の録音を起こした620ページの資料で、「原子力村」の本音がつづられています。

 ただ、「公にすることにより国の事業遂行に支障を及ぼすおそれがある」との理由から、北海道幌延(ほろのべ)町の放射性廃棄物貯蔵・処分問題の経緯などを不開示としました。一方、島村研究会の議事録は都内の財団法人も保管しており、閲覧も可能です。これと照合すると、不開示部分の内容が判明しました。

 ここでは、東京電力の豊田正敏元副社長が、「最初に動燃が地元(幌延町)に提案したのは、高レベル廃棄物の貯蔵施設と地下研究施設とであって、その下心としては地下研究施設がうまくいけば、次には実際の処分場の提案を考えていた」と述べています。

 同町では80年代、廃棄物貯蔵施設の誘致問題が起きましたが、住民の反対が強く、核廃棄物を持ち込まないことを条件に、高レベル廃棄物の最終処分を研究する「幌延深地層研究センター」(独立法人・日本原子力研究開発機構)の建設で決着しました。

 しかし、最近、最終処分場の建設が急浮上。宮本明町長は今年6月の町議会で、日本共産党の鷲見悟町議の質問に対し、「今後の検討課題」と述べ否定しませんでした。

 豊田氏の証言は、この経過と合致します。ただ、豊田氏は別の不開示部分で、「(幌延町は)地下水がだぶだぶしてて、あんなところ駄目だと思ってた」「やっぱり北海道のもっと違った場所にいい所があったんです、厚岸(あっけし)湾」と否定的な見方を示し、雪の少ない北海道東部の厚岸湾を推しています。

 鷲見町議は「実際、幌延は地盤が弱く、地層研究センターが研究用に孔(あな)を掘るたびに1日170~180トンの地下水があふれ出す。豊田氏の発言を公表したくないのが、文科省の本音だったのでは」と指摘します。

 近づけば20秒で致死量に達する放射線を放つ廃棄物を地中に半永久的に保管する最終処分場。文科省の「黒塗り」で、逆に、幌延町が有力候補地であることが浮き彫りになりました。


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