JOURNAL ASIA

日本の高レベル放射性廃棄物のゆくえを追う

幌延取材ルポ(2011年12月)

原子力発電の後始末方法は―。

 そもそも、原子力発電開始は1966年。当時有識者は、原子力発電によって使用済み核燃料が発生するため、その処理方法についても予め検討しなければならないことは分かっていたが、その件は放置し、原発稼働に踏み切った。70年代の原子力安全委員会の議事録から伺い知れる。つまり、“見切り発車”だ。そのツケが今、もろにきている。
 1975年(約35年前)、ようやく「地層処分」を最も現実的な方法として、検討し始めた。核燃料サイクルを推進している日本では、原発から発生する使用済み燃料を再利用するため、青森県六ヶ所村にある再処理工場でウランとプルトニウムを分離させた後、それらを混ぜ合わせMOX燃料を製造。その再処理過程で出る高レベル放射性溶液を、ガラス原料と混ぜて高温で溶融し、ステンレス容器のキャニスタに入れ冷却固化したガラス固化体を、地下300M以深に埋めるという方法が「地層処分」だ。「地層処分」という点では、諸外国も同じだが、再処理をしてガラス固化をするのは日本のみ。(日本は再処理を英・仏に委託しているのが現状。)この「地層処分」は、国の委託を受けた独立行政法人 日本原子力研究開発機構(JAEA)によって長年研究開発されている。また、当初のスケジュールでは地層処分実施主体がもう既に最終処分地を公募により選定し、文献調査を済ませ、第2段階の精密調査に取りかかっていてもいい時期だが、実際は処分地も決まっていないという状況が9年続いているというのが現状だ。

幌延深地層研究センター 地下140M地点

原子力関連施設推進の街・幌延 ―原子力依存態勢の長い歴史と闇―

 2001年、北海道天塩郡幌延町に(独)日本原子力研究開発機構の「深地層研究センター」が建設され、その地層処分にかかる“研究”を20年行うとされ、昨年でその折り返し地点を迎えている。しかし、原子力依存態勢の幌延の歴史はとても長い。
 1981年、当時の幌延町長が、仲の良かった中川氏(当時経産省)に何か原子力関連施設を誘致してもらえないかと相談を持ちかけ、町独自で北電に原発を誘致。その後1984年、核燃料サイクル機構施設で発生する核廃棄物の「貯蔵」と最終処分選定に必要なデータを集める「処分研究」を行う「貯蔵工学センター計画」誘致が発覚、1985年11月23日に秘密裏にボーリング調査を行い、周辺自治体の強い反感をかい、翌年からその日は幌延でデモが行われている。地元の反対もあり、話は硬直する。その後1998年、当時の科学技術庁が同計画を撤回し、その代わりとして、“核抜き”で地層処分研究のみを行う「深地層研究計画」を道に持ちかけて、2001年のセンター立地に至る。核抜きであれば、ということ、またセンター創設の際、道、町、機構の三者間で核は持ち込まないという協定を結び、一度この件は終結を迎えた。いわゆる「三者協定」と言われるもので、これをセンターは大きく掲げ、周辺自治体を含む地元を納得させる盾に使ってきた。しかし、福島事故を機に、様子が変わってきた。このとりあえず掘られている穴(立坑)の有効利用視が懸念されている。
 この有効利用に幌延もまんざらではないようだ。幌延の原子力関連施設依存は、収まるどころか、どこか強まっているように映る。原子力関連施設推進の町長が生まれ続ける幌延町の宮本現町長が昨年6月最終処分について「検討課題」と議会で述べたことも、波紋を呼んでいる。一度原子力関連施設誘致による原子力マネーの蜜を味わってしまうと、抜け出せず、原子力関連施設が集中するといわれる典型の街だと思う。研究センターのある幌延町はもともと原発誘致から始まった原子力関連施設誘致に意欲的な町だが、その周辺の自治体が反対をしているという状況がずっと続いている。

11.23.集会(2011年)

幌延町役場


国、道、地元… 交錯するそれぞれの思惑

 3.11を機に、核燃料サイクル、特に最後の処分(方法)がようやく、注目されるようになり、原子力発電が問われる理由の一つに、原発がよく「トイレなきマンション」と言われるように、“処分方法が決まっていないのに原発稼働を続けるのか”という事がある。ずっとあった課題だが、関心が低く、多くの人たちが、いままでも原発稼働を容認しておきながら、今更その点を責め始めた。原子力を推進したい国としては、原子力発電、核燃サイクルを成立させるために、この“トイレ”にあたる“最終処分場”建設を一刻も早く決めたい。しかし、なかなか受け入れてくれる自治体が見つからない。そこで、この最終処分場を受け入れる自治体に文献調査(2年間)だけで支払う電源立地地域対策交付金を2007年に年2.1億円から年10億円(期間内20億)を積むことを決めた。9年経つ今現在も受け入れ自治体が決まらず、5倍に膨れ上がったこの金額からも、焦りは伺い知れる。国としては、とりあえず処分地さえ決まれば、ひとまず“トイレなきマンション”とはもう言われずに済むため、場所だけでも早く決めてしまいたいはずだ。
 また、「核を持ち込まない」という条件のもと、「研究」のために2001年から掘られている幌延深地層研究センターだが、国は実際の最終処分場として候補視し続けている。その理由として、原子力委員会や、事業仕分け、報告書等の公の場で、各関係者が同センターでの放射性物質を用いた試験に意欲を示したり、実際の処分地にならないことを断言せず、曖昧にしたり等、これまでの発言にある。そして昨年、国(エネ庁)は予定していた文献調査の申し入れを2012年度に先送りした。
 同研究センターがある幌延町はどうなのか。町長は「最終処分地」に対して意欲を示し、波紋を呼んだことが記憶に新しい。また町民は、核の持ち込みに対する抵抗は見せるものの、原子力関連施設誘致に関しては今もなお積極的だ。「最終処分という未知の世界は、分からない事が多すぎる。だから、段階を踏んで、中間貯蔵施設の“研究”なら‥」と、今度は中間貯蔵研究施設としての誘致に意欲を示す。一部の町民からは、「最終処分場でもいいと思っている」という声も聞こえてくる。福島を受けてもなお、幌延町長が昨年のような誘致に意欲的な発言が可能なは、そうした町民の姿勢が背景にあるからのようだ。
 道は堀前知事になってから、推進に傾き続けており、同センターを許可したのも、堀前知事になってからだった。現職の高橋はるみ知事は、最終処分場については、立場を鮮明にしてはいないが、推進寄りだ。何のメリットが、と思ったが、道には、幌延町に入る電源交付金の半分を貰うことができるため、それが狙いだと考えられている。額にしておよそ、30億。
 それぞれの思惑が巡る。
 そういえば、町で面白い話を聞いた。「例の協定は、研究期間の20年の間の話で、期間を過ぎれば関係ない。(最終処分場にしても、貯蔵施設にしても)誘致するかしないかは、それからの話。」と言う。要は、よく“条件を無視して”と言われるが、「三者協定」を無視しているわけではなく、誘致を検討するのは別の話ということだ。斬新な発想に思えたが、どうやら幌延町民はそういう認識らしい。

カネ、カネ、カネ…

 ここに面白い事実がある。この一年間で、住民からの計4回の質問によって機構から提示されたこれまでの総事業費(建設費+研究費)に大差(最大46億)があるということ。機構自体、かかった費用を把握していないと考えられる。なぜ、これほどまでに違いが、しかもたった一年の間で差があるのか。その問いに、機構は「3カ年事業だから」と住民に説明しているというが、機構自身記載しているように「年間毎」のものであるから、違うと言わざるを得ない。
 そして、開始当初は研究費年間35億円の計画だったが、実際に年35億円も実際にはかかっていない。せいぜい年に7~8億のようだ。(回答に差があるため定かではない。)これを見て、「これで研究しているとは言い難い。」「研究施設というより単なるPR施設」と住民は指摘する。また、さらに、当初工事、建設費予算340億円について、町民が質問したところ、現在でも340億円と答えているが、実際機構がエネ庁に対し提出したのは254億円。こうしたカネの実情が不審を招いている。

幌延深地層研究センター

幌延、そして日本の地盤の有効性―。

 幌延で原子力発電所建設の話が浮上したものの、建設に至らなかったのには、北海道電力が幌延の地質的に建設は困難とした経緯がある。しかし、原子力発電所がダメなら、中間貯蔵をと思ったら、六ヶ所に取られてしまった。そこで浮上した最終処分地。しかし、さすがに放射性物質を持ち込む事には抵抗があり、研究施設で落ち着いたわけだが、先日明るみに出た文科省の黒塗り箇所において、東電の豊田正敏副社長(当時)が「(幌延町は)地下水がだぶだぶしてて、あんなところは駄目だと思ってた」という発言がされていることが分かった。
 また、地震に対し、以前の取材でセンターの技術者は、地下は地上と違い、影響が少ないとしている。しかし先日インタビューさせて頂いたマドセン監督の話によれば、フィンランドの専門家は日本だけは地層処分ができないと話しているという。
 こうなってくると、誰のどの発言を信じるか、もはや個々の主観に左右されるようにも映るが、単純に総体的に見て、日本の地下環境が地層処分にそもそも向いていないという結論に達しそうというより、技術者の中ではもしかするとそれが基礎知識なのかもしれないという気がしてくる。

地層処分実規模設備整備事業の現状ー

実規模整備整理3
PRセンターに併設された「地層処分実規模試験施設」(昨年4月に開館)
2009年~2011年で既に総額3億以上投じられており、まだ完全に出来上がってはいないため、今後もかかる見込み。

実規模設備整備2

ベントナイト模型1

ベントナイト模型2

実規模設備整備1

 同施設では、このように地層処分研究にかかる設備や模型等が置かれている。
 地層処分では、ガラス固化体をキャニスタ(ステンレス製の容器)に入れ、オーバーパック、天然の粘土(ベントナイト)と砂(ケイ砂)を混ぜてできたベントナイトという緩衝材で覆うわけだが、例えばそのベントナイトを実際に地下に設置する緩衝材定置試験装置等の試験などを行い、人々が地層処分に対し、実物大、工学的に体感できる施設としている。
 この地層処分実規模設備整備事業が昨年行政刷新 11月20日に開かれた提言型政策仕分けにおいて、その対象になったことが記憶に新しい。
 結果は、「最終処分に関するNUMO(原子力発電環境整備機構)の広報事業や、地層処分実規模設備整備事業については、最終処分場の選定・立地実現に真につながるものとなるよう抜本的に見直しを行うべき」とされた。

(参照)
提言型政策仕分け詳細と結果速報

 これを受け、経産省は去る12月27日に「『提言型政策仕分け』の提言を踏まえた工程表」を発表した。

(参照)
「広聴・広報アドバイザリー委員会」の設置について(原子力発電環境整備機構:NUMO)

取材後記

 今回の取材を通じ、改めて高レベル放射性廃棄物の存在の重さを感じると同時に、この国家プロジェクトがもたらしている想像を超える癒着構造の深い闇が見え隠れする事に震えた。感情論やこうした言い方は好まないが、大地の恩恵を受けて暮らす人の生活に触れると、そうした一部の人間の得の為に、これを地方に追いやる解決方法は強引かつ酷だと感じずにはいられない。
 私たちは何を考えなければいけないのか。将来的な地下の挙動、技術的な安全性の確立、何が起こりうるかのシミュレーション、未来の人たちがどうしたら処分場に侵入を防ぐ方法、公害、何かあった時の責任のとり方…すべてだ。ただ、現時点でどれもできていないのに、処分地を急いで決めようとしている。順番が違っている。ガラス固化技術が確立されず、実施主体原子力発電環境整備機構(NUMO)が解散後の責任の所在が明記されておらず、何より、現時点でカネのめぐり方が不透明な状況で、先を議論しようがない。
 このカネの不透明さに関しては、思っている以上に深刻であり、注視すべきだと考えている。機構における事業のカネの内訳が1年の間で4回に渡り回答された額に大差があることは然り、そうしたうやむやな状況の中で、町民は、JAEA職員が幌延から稚内までタクシーを利用している姿や、町長が上京しては良い待遇を受けている姿を見ている。一方で、昨年度から施設の建設工事を民間委託するPFI事業が導入され(参考:「幌延深地層研究計画地下研究施設整備(第II期)等事業における落札者の決定について」/JAEA)、民間に丸投げされたわけだが、落札した地元大手ゼネコンと町長が非常に親密にしている姿を目撃している。こうした一部の人間の利権のためだけに、事業を誘致するということと「地域復興」とは意味が全く違う。誘致を考えるのであれば、彼らの責任も実施主体、国のそれに等しい。「地域復興」を掲げ、誘致に舵を切り、今もその姿勢を崩さない幌延町だが、本当に「地域復興」がなされているのだろうか。センター開設から約10年、町内の土建業者4社が倒産し、旅館も砂利会社も倒産している。町長にその真意を聞きたかったが、取材を断られた。昨年、町長の息子や親族が経営する会社2社が深地層研究センターの警備や、職員の住宅関係で年間4千万の収入を得ているという報道をされてから、町長は取材に対し敏感になっているという。
 いつも言っているが、この高レベル放射性廃棄物最終処分に関し、関連する自治体なりその首長、また推進機関を頭ごなしに攻撃しようという意思は全くない。ただ、この件をわたしたちが解決しなければならないわけで、埋めるなら埋めるで、前述のような点―例えば将来の責任のとり方や、人の侵入を防ぐ方法など―実行するからには今出しておかなければならない答えについて、どう考えているのか、そうしたことを誘致する自治体の首長は明らかにすべきだし、意図を話し、それを他の人々と共有すべきだから、取材をするのであって、決して今されているような賛否では収まりきらない話だと考えている。

幌延駅

 マドセン監督が「日本は望まずとも、地上のオンカロを持ってしまった」と言った。ガラス固化をやめて、使用済み核燃料を福島原発にまとめることしか実情できないのかもしれない。
 ガラス固化、核燃サイクルの真義が今、問われている。先送りはもう許されない。

Leave a reply






管理者にだけ表示を許可する

Trackbacks

trackbackURL:http://journalasia.blog22.fc2.com/tb.php/660-2dbea90b
該当の記事は見つかりませんでした。