JOURNAL ASIA

日本の高レベル放射性廃棄物のゆくえを追う

―試写会&チャットイベントを終えて―

終わってからは携帯を切って全てを遮断して久しぶりに寝たら昼過ぎていた。

気乗りしないまま携帯をつけたら@hocomiでツイートがほんの数件。

「偶然見つけたtwitterのおかげで貴重な作品に出会いトークに参加でき感謝しています。」
「作品と監督のギャップに驚きました。それもこの映画の大きな魅力のひとつかと。上映の際にはぜひ監督登壇もセットでの公開を希望します。」
「第2弾を期待しております」

一気に泣いた。


イベント企画が通ってから、一昨日の当日まで食べる事や寝る事を忘れて編集に没頭した数ヶ月だった。

一般上映とか大したもんじゃなくて、持ち込み企画だったけど、ずっと目指してきたアップリンクでの上映。

終わった今、自分にしては稀に、不覚にも感傷的になってしまっている…一番嫌いな感情だ。

基本的に取材(インタビュー、撮影)、編集すべて一人でやっていて、クルーがいる訳ではないから、今回のイベントも基本一人なわけだけど、イベントとなると新たな壁にぶち当たる。

映画作りゃそれでいいんじゃない
企画すりゃいいってもんじゃない

イベントには広報っていう専門じゃない分野にも注力しなきゃいけない

告知開始当初、テーマの割に、食いつきが悪い。
少し経っても伸びがイマイチ。

アホみたいにTweetやらFBやらで告知に告知を重ね
興味を持ってくれた人にはソッコーRT
携帯は離せなかった

普段の自分にはあり得ない。
そもそも、友達に自分がやっている事を話したりって
自分の事を知ってもらうのも嫌いだから、
とにかくあり得ないし、気乗りしない事ばかり。
心を開くのは大変だ。

Tweetすりゃ
FBアップすりゃ
いいってもんでもない。

アメブロの有名な話だと思うけど、例えば店の事を知ってもらうのに
宣伝戦略的なものがあるらしく、
更新する時間帯や書き方、本当に色々あるみたいで…

とにかく怖すぎて、寝れない、何も口に入んない。
強迫観念ってやつか。


そんなオエーってなってる開催数日前に、たまたま目にした知らない人のツイート。

「仕事で行けないよ~!誰か代わりに観てきて!」

一気に不安も吹っ飛んだ。

どんだけTwitterに
頼り救われてんだって感じだよね…(笑)


アンケートを興味深く見た。


関係者からの評価は結構良かったけど、一般の人(自分の知らない恐らく関係者と思われない、かつこの問題を勉強していない人)からはまぁまぁ。

これが意味する事は…?

結局、二項対立の議論ではなく議論水準を上げたいという思いで作っていたけど、地層処分が何か、どんな組織があって、どういう組織なのか、というそもそもな所の説明が欠けてたため、分かりにくかったり。前提の説明が欠けていたなぁと改めて反省した。

批判的な意見は凄く欲しかったし、
そういったことは批判というより意見ということで、凄く参考になるけど、
それ以外の事のキツい批判って、パンチ力、半端ない…

人を批判するって凄いエネルギーなんだと
人を批判する事の意味を改めて感じる。
前から思ってたけど。

だから、よくあるエネルギー政策批判はしたくなかった。
推進機関や研究者、技術者がそもそも関わるようになる前、
理工学を勉強したいと思ったキッカケはきっと素朴な好奇心からで、
それって誰も批判すべきことじゃないから。
そうした好奇心から進んでいって高レベル放射性廃棄物最終処分事業に携わるようになったのに、
その人たちを敵視するのはおかしい。
この私の考えを、最後、大学院生で締めることで込めたつもり。
解ってくれた人が一人会場に居て、すごく嬉しかった。

話、ずれちゃった。

とにかく「来て良かった?」っていう問に低い数字だった一枚のアンケートを手に凹んでる私を見て、
会場係を手伝ってくれた子が

「人は傷ついて強くなるんだよ」

と歌詞を引用したような一言。

ウザすぎるけど、そうだね。
そう信じたい。

ただ、凹むのは半日もあれば充分だ。

凹んでる暇はない。

今回大半は「来てよかった」と言って頂けたけど、
理解度が低かった。

その原因や改善方法はおおよそ見えた:

<原因と改善方法>

・そもそもの背景の説明が足りない事
・DATAやガイドが必要
・なぜ幌延に焦点をあてているのかの説明、理由付け
・テロップを長くする
・組織関係、構図をもっと解りやすく明確にする
                      等々。


正直、今回は自分の成長のため、
イベントの日程決めちゃって、それに向けて作ってこうっていう
自分追い込む状況にするパターンでやってみた。
じゃないと、ズルズルしそうで。

そして、自分が出来る全ての力を注ぎ込み、出し切った。
これ以上の物は出来なかったと断言出来る。
勝負を懸けた企画で得た収穫を今後の制作に活かしたい。

そして、もっともっとこの高レベル放射性廃棄物最終処分について
発信していきたい。

批判ばかりじゃないcreativeなジャーナリズムで
社会を動かしたい。

そのために、出来る事を、考えるだけじゃなく、
失敗してもいいから、どんどんやっていきたい。

イベントにして、お客さんを呼んだり、ゲストを呼んだり、
人を巻き込むのは凄く怖い。

でもその分やったろー!って思うから、
もっと上へ行ける気がする。

立ち止まってらんない。



この無名な私の
謎のドキュメンタリー制作に
即OKをくれた関係者の方々に心から感謝してます。


カッコイイ大人を見ました。


そして、イベントにご参加下さった皆々様、
心から感謝申し上げます。


本当に有難うございました。
皆様のサポートは、私の全てでした。


今後とも末永く宜しくお願い致します。













(超どーでもいい追記:読みたい人だけどうぞ)


今回ラフなイベントを目指してやってきたけど、蓋を開けてみたらラフなのは私だけだったっていう(爆)
登場して初めて会場の雰囲気を得て、予期せぬ重たい空気に負けそうになったけど、私にはそれを打ち破るだけのエネルギーがあると思って突き通したけど、ビビった(笑)

わざと普段以上にチャラチャラしてみてるけど、まぁ嫌われること。

狙ってやった事をまともに批判されると悲しい(笑)

手伝ってくれた子と帰り道、その話してて、その子が
「ギャプは格好だけでいい」とまた一言。

確かに…www

ただ、素のままでいてもいいけど、
そしたら私引く程冷たし、楽しくないと思うけど。
そもそもこの問題をそんな重たく話したくもないし。

まぁ今後の課題の一つとして、考えます。

とにかく、実際もっとラフになりたいなぁと思っていて
実現させるための作戦練ろうと思う。

アップリンクはおしゃれすぎたか!?とか色々思うしw


それともう一つ。


散々インタビューしてきて、
逆に自分が質問されると全くうまく答えられないっていう
ビックリな発見。

ただ、言い訳させてほしい。

私が考えていた来るであろう質問とだいぶ違ってて。

予想では私には、
「NUMOに取材はしてないんですか?」とか
「映画制作にあたって、気をつけた事は?」とか
「取材にあたって、大変だった事は?」とか
「なぜ理解し合えないと思いますか?」というものだったんだけど、

実際に出た質問は、そうではなくて、
「結局のところどうしたらいいと思いますか?」とか
「廃棄物を出す原子力発電をこのまま続けるべきだと思いますか?」とか
なんて言うか、意見を求めるものが多かった気がする。
みんな、答えに関心があるのね。

私自身、答えに興味を持った事がなかったから、
用意していなくて、ろくな答えができなかったけど、
私にどうしたらいいかなんて、聞く自体、無意味だって、ちゃんと言えばよかった。
私に答えられるのはどうしたら理解し合えると思うか、っていうこと。

少なくとも、私の作品がそういう趣旨なのに。
まともに質問受けた私が賢明でなかったと思う。深く反省(<後悔)してる。

もっと多くの質問パターンを予測出来る登壇者でありたい。

とにかく口下手すぎて、登壇慣れしてないのバレバレね。
場数を踏み、ちゃんとしたい。

作品を作ると同時に見直すべき様々な事が多いということに気付けた。

本当に有難うございます。
感謝しても仕切れない。

そして、今度はちゃんと受け答え、切り返します。

ご参加頂いた皆さん、
登壇して下さったゲストの御二方、
そして、取材を受けて下さった皆々様、
誰が欠けても実現しなかった昨日の試写会イベントでした。

本当に有難うございました。

Leave a reply






管理者にだけ表示を許可する

Trackbacks

trackbackURL:http://journalasia.blog22.fc2.com/tb.php/680-50031694
該当の記事は見つかりませんでした。